私は彼氏がいる。
でも時々、女の子に目が行く。
それを「バイ」って呼ぶのかもしれないけど、自分でもよくわからない。ただ、心がふっとほどけるのは、女の人の手だったり、声だったり、香りだったりすることがある――そんな曖昧な輪郭をもった感覚を、私はずっと隠してきた。
あれは、先週の水曜日。
朝のラッシュアワー、私はいつものように、専門学校へ向かう電車に乗っていた。
梅雨入り直後の蒸し暑さに、誰もが無言で堪えている車内。私もイヤホンを耳に差して、何かのふりをしていた。ただの平日。ただの朝。
でも、その日は違った。
誰かの手が、私のお尻に触れていた。
軽く、ためらうように。まるで確認するような、その掌の感触。
最初は――男性だと思った。
満員電車の“仕方ないこと”として、やり過ごそうとした。無言で。
けれど、動きは妙に丁寧だった。
手のひらが滑るように丸みをなぞり、指がそっと食い込むように押し当てられる。
――明らかに、意図的。
怖さよりも先に、疑問が湧いた。
「誰……?」
そして、振り返って私は、息を飲んだ。
そこにいたのは、30歳前後と思しき女性だった。
肩までの黒髪、スーツの上からでも分かるしなやかな身体。
視線が合った瞬間、彼女は、微笑んだ。
唇だけが、静かに動いた。
「抵抗するなら、していいわよ」
音は聞こえなかった。でも、言葉ははっきり伝わった。
なぜか分からないけれど、その瞬間、私は身体の力が抜けた。
――だめなのに。
――なのに、心がざわついてる。
指先が再び、スカート越しに私の下腹部へと滑ってくる。
パンツ越しに触れられたそこは、もう、熱を帯び始めていた。
誰にも気づかれない密室。電車の揺れに紛れるように、彼女の指はゆっくり、執拗にそこを撫でてくる。
誰にも見られてない。
でも、誰かに見られているような気がして、呼吸が浅くなった。
下着の縁を、指がすべりこむ。
「……っ」
思わず息が漏れた。
人差し指の腹が、柔らかく中心をなぞってくる。
濡れてる。自分でもわかる。彼女も、それに気づいたのだろう、ゆっくりと指の動きを深めてきた。
こんな場所で。
こんな人に。
でも、私の身体は――確実に反応していた。
スーツの布越しに感じる彼女の体温。
香水ではない、洗い立てのシャツの香り。
彼女の指がすべてを知っているようで、逆らうすべもなかった。
「あ……」
耳元で、私自身の声がかすかに漏れる。
あのときの自分を、誰にも見せたことはなかった。
羞恥と快楽の境界線の上で、私は息を呑みながら波に飲みこまれていった。
電車が駅に止まり、彼女は何事もなかったように降りていった。
私だけが、その場に取り残され、足元の感覚すら曖昧なまま、唇を噛んで立ち尽くしていた。
スカートの奥に残る、指の記憶。
すべてが夢だったみたいに現実離れしているのに、
私の中では、たしかな現実として、熱を持ち続けている。
終わりに:
あの人の名前も、顔も、もう二度と会えないかもしれない。
でも、あの朝、私はたしかに自分の知らなかった扉をひとつ、開いてしまったのだと思う。
男でも、女でも――人に触れられることで目覚める欲望は、きっと同じなんだと。
そして私は今も、あの朝の続きの夢を見ている。
コメント